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ソ連を屈服させることはタイフーン作戦

首都モスクワ攻略によってソ連を屈服させることはタイフーン作戦の失敗と、それにともなうモスクワ方面の防衛の強化により不可能となった。ソ連軍による冬期攻勢によってドイツ軍の全線で恐慌的な敗走・戦線の崩壊が起こるところであったが、ヒトラーの死守命令と各部隊の奮戦によって何とか持ちこたえた。しかし、短期決戦を想定して戦いに挑んだドイツ軍の戦力は大幅に低下し、この後ついに作戦開始時の戦力を取り戻すことはなかった。今後の戦いは大戦力による奇襲はありえず、長期戦・持久戦になることを意味していた。また、ヒトラーの退却不可命令に従わない将軍の大量更迭は、国防軍内で大いに不評であった。

バルバロッサ作戦の失敗の最大の理由は、ロシアの地があまりに広大でドイツ軍の補給が追いつかなかったことと、ソ連の戦争遂行能力がドイツ側の予想外に高かったことであった。それまでドイツに敵対した軍隊とは異なり、戦線が内陸部に進むにつれて赤軍は激しい抵抗を示したのだ。最初の一撃でソ連軍全体が崩壊するだろうというヒトラーの見通しは余りに楽観的であった。ヨーロッパ・ロシアはレニングラード、モスクワ、南方の資源地帯と戦略的目標が分散していたが、ドイツ軍はどれかに重点を置くことなくそれぞれに対して兵を三分してしまった。それは兵力の分散をもたらし、全ての主要目標の攻略は失敗に終わると共に、補給の困難さを招いた。また、ヒトラーがユーゴスラビアの反ドイツ政権の転覆に干渉し、更に膠着していたギリシャ戦争にも介入した事で、作戦が当初の5月15日実行から一ヶ月以上延期されたことも、同年は冬の到来が例年になく早かったことと合わせて大きな影響があったと思われる。

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2008年12月27日 15:04に投稿されたエントリーのページです。

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